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各駅探訪&乗車記 (角夜山~北陸焼山)

角夜山駅は一面二線の行き違い可能駅である。ホームに降りると古いレールを骨組みとして再利用した上屋が出迎えてくれた。行き先案内や駅名表も白く塗った木の板に墨らしきもので書かれたレトロなものである。
構内踏切を渡り、これまた古そうな木造駅舎に入ると中は結構新しくきれいであった。この駅は係員がいるので話を聞いてみると駅舎自体は鯖川駅舎完成の翌年、昭和9年に建てられたものだが、築60年を過ぎたころから電気系統の不具合や雨漏り等の老朽化が目立ちその都度応急手当てをしていたが、駅舎の耐震強度不足も明らかになった2009年に改装、耐震工事を行った。駅舎の外観はそのままに柱の補強、内装も大きく変えた。中は従来の木のぬくもりを活かすため暖色系の照明を使用、併設される待合室の半分を情報案内室として駅近くにある鯖川城址や有名な鯖川鉄器などの観光情報を提供している。
駅を出ると比較的大きなロータリーがあるが、バスやタクシーはなく、個人の乗用車が一台停まっているのみだった。まっすぐ進むと鍛治屋町と呼ばれる古い町並があり、その名の通り昔は鍛冶職人が多く住んでいた町だった。今も数軒残っており、そこで作られる鉄器は鯖川鉄器と呼ばれ、全国的に有名である。小さな通りをひとつ奥にはいると静かな古い木造住宅街になっている。大都市名護屋や祇府にも近く地価も安いためひそかに人気のある地区だと駅の係員も言っていた。
休日は観光客で少しにぎわうということだが、平日はとてものどかであった。駅に戻り次の電車を待つ。
1000系10時49分発桐山行きに乗り次の北陸焼山駅へと向かう。
進行方向右側には二川が流れる。しばらくすると鯖川が近づいてくる。二川はここから分かれている分流である。
電車は唸りを上げ山間部へと入っていく。流れる景色の色も一段と茶色くなり山の奥深くに入っていく。
しばらくすると近づいてきていた左右の山が再び遠くなり開けた土地になる。ここが鯖川の裏畑焼山地区だ。
潮巻鉄道もその山間部では貴重な広い土地を活かして車庫を置いている。
電車はやがて減速し、通過線を一本持つ一面三線の北陸焼山駅構内へと滑りこんだ。
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各駅探訪&乗車記(仙人峡~角夜山)

仙人峡駅は1面1線ののどかな駅で区間快速、快速はともにこの駅を通過する。以前は貨物用の待避線があったが今は雑草が茂り面影はほぼ見られない。仙人峡の名前から想像する山深い峡谷などは駅周辺にはなく、小高い山が両脇にあるのみである。その山も近年では宅地化が進み、駅周辺にも新興住宅街が見受けられる。
駅のホームに降り立つと花壇やプランターがたくさん置かれている。これは地元の方が手入れしているもので花の季節になると色とりどりの花が咲き乱れるという。今回訪れた時はまだ冬だったので花の姿が見られず残念だった。また花が咲く時期に訪れたいと思う。
駅舎は木造の小ぢんまりしたもので駅員は配置されていない。ただ、朝夕の時間帯は駅前のタクシー会社の方が切符を販売してくれている。駅舎の傍には大きな桜の木が植えられていて春には潮巻鉄道の有名撮影スポットとなる。これもまた訪れた時はまだまだつぼみは固そうであった。
駅前に出るとロータリーはなく、道幅が少し広くなっている道路が横切っていた。左手には前述のタクシー会社があり、社員が一人車を一台洗車していた。その隣はコカコーラの看板を掲げた古い商店があった。それ以外は住宅があるのみで非常にゆっくりとした時間が流れているようだった。駅前の道を南に向かって歩き、線路を渡って東へ歩くと二川を渡り、大きな屋敷が点在する地区に出る。ここはその名も屋敷町と呼ばれる地区で、昔はすぐ北にある鯖川城主池田秀信につかえる家臣らが屋敷を構えていた。その家臣の一人である富樫清正の屋敷は歴史資料館として開放されており、当時の暮らしなどを知ることが出来る。
資料館脇の道を北に向かって歩くと鯖川城址に通じる。標高140mほどの山を登ると城址公園がある。天守閣は明治期に取り壊され現存しないが、傍に二の丸をイメージした3階建ての資料館があり、ここでは城のことについて詳しく学んだり甲冑の試着が出来る。3階の展望台では南に鯖川市街を眺めることができ、天気のいい日には名護屋のセントラルタワーも眺めることが出来る。城址公園は市民の憩いの場となっており、犬の散歩や、公園の周りを一周する道は適度な高低差があることもあってジョギングする人の姿も多く見受けられた。
1時間ほどの滞在ののち再び駅へと戻る。ちなみに城址公園からは仙人峡の一つ先の角夜山駅にも通じる道もある。こちらは仙人峡駅へ向かう道より500mほど長い。
駅に戻るとつぎの電車まで20分ほど時間があった。小さな駅舎の中には窓口が一つ、6人ほどが座れる待合室があるだけで自動販売機などの類はなかった。時刻表は定期的に変わるので新しいものだったが、方面を案内する看板や改札と書かれた看板は年季の入ったもので昭和の時代から変わらない姿を見せている。10分ほど経つと踏切の警報音が鳴り始めた。ホームで来る列車を待っているとディーゼル機関車の警笛が短く鳴り、鯖川方から紫と青の潮巻カラーに塗られたDE10型ディーゼル機関車が姿を現した。機関車はもう一度警笛を鋭く鳴らすと、エンジンの音を轟かせながら仙人峡駅を通過して行った。機関車は後ろに14系客車を牽いており、中には乗客の姿も見られた。この列車は後日紹介する柿山越駅から分岐する以前紫雲山を越えていた旧線を登る「DL柿山登山号」で、11月と冬季(12月~4月)は不定期、夏季(5月~9月上旬)は毎週土・休日にJRから譲渡された14系客車4両と夏季には自社発注のトロッコ客車2両を増結して運転している。この列車は当線の赤字を防ぐため観光客を呼ぶために2005年から運行開始し、夏季は新緑ウォーキングイベントやハイキングに適したダイヤ(後日説明する)から乗車率97%(2011年)の高い水準を誇り重要な収入源となっている。しかし冬季は観光スポットが乏しく乗車率は79%(2011年)にとどまるそのため、鉄道会社は今年から冬季限定で飲食店と提携した柿山郷土料理の提供、柿山駅前公園でのかまくら祭りの開催、地元の古民家を改修し宿泊施設とし、雪景色と組み合わせて宣伝するなど冬季の観光客の呼び込みに力を入れており、今年は昨年を上回るペースで観光客が訪れている。
「DL柿山登山号」の通過後しばらくして再び列車がやってきた。これが次に乗る10時13分発1000系普通 桐山行だ.
乗り込むと乗客の姿はまばらでこの時間帯の6両編成は輸送力過多に思われる。1000系は全て6両固定編成で分割はできない。最近になって付随車を2両抜き、4両にし、付随車は電動車化先頭車化した上で500系を置き換える、または付属編成とし朝夕のみの稼働させるという噂が出てきた。500系はもともと3両の編成を2編成つなげて6両編成としているため分割併合できる構造となっているが3両での運用は存在しない。そして新たにデビューする2000系は6両で登場しており今後の編成両数の変更は予測することはできないが、データイムの運用は短編成での運用が望ましいことは明らかである。
などと考えているうちに隣の角夜山駅に到着した。

各駅探訪&乗車記 田園~仙人峡

田園駅は鯖川市街の北に位置する駅で、2面3線の構内を持ち、中央の本線は両方向に出発信号機があり上下列車両方の通過ができるようになっている。駅舎は平成19年築の橋上駅舎で当路線ではもっとも新しい駅舎である。当駅はバリアフリーにも配慮されており、ロータリーからホームまで階段を使わずに行くことができる。JR東海と同じタイプの自動改札を抜け、コンコースに出ると、全面ガラス張りの構造で構内を見渡すことが出来る。駅舎は地元のデザイナー山内孝之さんのデザインで内装は地元の鈴鳴杉をふんだんに使ったあたたかい感じのつくりになっている。
とりあえず東口に出てみることにした。東口にはロータリーはなく、小さな道が少し先にある県道532号線に続くだけで、タクシーも停まっていなかった。その少し先にある県道532号線へ行ってみると交差点には信号もなく、小さな青看が駅の方向を指すのみであった。この様子だと知らなければうっかり通り過ぎてしまいそうだ。近代的な駅舎と駅の扱いの差がやや不釣合いでもある。県道532号線の向こうは小さな山があるだけで、地図で調べたところ頂上に市の水道局のポンプ場があるのみだった。それ以外はわずかに住宅があるのみで目立ったものはなかった。続いて西口へと向かう。西口はロータリーがあり、コミュニティバスが一系統設定されている。こちらはまだ鯖川市街の一部に属するようで雑居ビルがいくつか立っており、線路一本隔てただけで景色がかなり違っている。ロータリーから続く道を少し行くと鯖川の支流二川を渡る。この川は昔ここから北にある鯖川城の外堀としての役目もあった。橋を越えるとそこは住宅地で右手には寺院があった。市街のはずれなのでビルなどは見当たらずスーパーなど生活に密着した建物が多い。
特に見るものもないので駅へと戻る。
この時間帯から列車の間隔は空きはじめ20分間隔に近くなる。8時32分発1000系普通に乗り、仙人峡へ向かう。仙人峡という名前を聞くと人里離れた奥深い山奥を想像してしまうが実際は市街から少し山へ入ったところで現在では開発され新興住宅も多く見受けられる。また進行方向右斜め前には140.8mの角夜山があり、戦国時代ここ一帯を治めた池田秀信の居城鯖川城市も望むことが出来る。やがて右下に先ほどの二川が寄り添い、阪名高速自動車道をアンダーパスすると一面一線の仙人峡駅に到着する。

各駅探訪&乗車記 伏樫~田園

伏樫駅に降りると1面2線の単純なホームだ。駅舎は西口と東口があり、ホームとは構内踏切で結ばれている。まずは西口へと向かった。西口は最近取り換えが進んでいる簡易駅舎で、小さなロータリーがあるがバスの設定はない。個人タクシーの運転手が外でたばこを吸いながら客を待っていた。そして一番の特徴は駅前に市民文化センターがあることだろう。ここではよくアーティストの演奏や講演が開催されている。有名演歌歌手の垂れ幕がかかっているが今日は何もやっていないようである。文化センターで催しものがあるときは賑やかなのだろうが今はとても静かな駅前だ。
今度は一旦構内に入って東口へと向かう。ちょうど1205M普通柿山越行が来ており、踏切で待たされた。これではぎりぎりに駅に着いても電車には乗ることができないなと思いつつ、通り過ぎるのを待つ。遮断機が上がり東口の駅舎に行くと、西口とは違い、2階建てコンクリートのやや立派な駅舎だった。ロータリーも大きなもので市内循環のコミュニティバスと鯖川駅経由双葉ニュータウン行の潮巻交通のバスが1本ずつ設定されている。時刻表を見てみるとコミュニティバスは朝夕10分毎、昼間は20分毎となかなか本数はあるようである。双葉ニュータウン行のほうは朝夕は30分毎、昼は1時間毎とあまり本数は多くないようだ。(後で調べたところ、鯖川駅どまりの設定があるらしくそちらは朝夕15分毎、昼は20分毎と数は多いようだ)
他には駅前交番とコンビニがあるだけであまりにぎやかという感じではない。
駅前探索を終え駅に戻る。さっきは気付かなかったが駅舎の中に「わだち」というパン屋があるのを見つけた。木造の店内には国鉄の特急ヘッドマークや駅名表、タブレットなどの鉄道グッズが飾られていた。店主の進藤さんに話を聞くとこの店は20年前に駅舎がコンクリート建てになるときに店舗を入れることになり、それ以来ずっと潮巻鉄道と一緒に歩んでいるのだという。客は主に通勤客や学生で、朝の利用が多いという。おすすめされたクロックムッシュと自家焙煎のコーヒーを頼んで線路が見える飲食コーナーへと向かった。通勤客は店内で食べずそのまま駅などで食べるようで飲食コーナーには新聞を読んでいる地元客が1人いるのみだった。気づけば朝が早かったため少し小腹がすいていた。まだ温かいパンとおいしいコーヒーを飲みながら乗るはずだった1007Mを見送る。こんな店が身近にあるなんてここに住む人たちは幸せだなと思いながら8時03分発1105Mが来るまでゆっくりと休憩した。
1105M北陸焼山行きは元115系の500系だった。この車両は2000年旧来の車両を置き換えるためにJR東海から来たが現在では老朽化の進行や部品確保の観点から2000系による置き換えが計画されており近い将来姿を消す予定だ。車内はJR東海時代と全く同じで懐かしく感じた。昔は国鉄線のいたるところで走っていた形なのにいつしかJR線では見られなくなってしまった。そしていまやその譲渡先でも姿を消そうとしている。懐かしい115系の唸りを聞きながら次の田園駅を目指す。辺りは鯖川の中心街で3階建てぐらいのビルが立ち並ぶ。田園の名にふさわしい田を見ることなく橋上駅舎の田園駅に滑り込んだ。

各駅探訪&乗車記 鯖川~伏樫

2012年12月東海道線で鯖川駅へ向かった。降り立つと時刻は午前7時を少し過ぎたころだ。駅前の広場は昨日の夜降った雪で白く染まっていた。コミュニティバスだろうか小柄なバスが1台客を降ろしていた。
北へ向かっていくと川潮線の路線の踏切が見えてくる。それを渡り右に曲がると潮巻鉄道鯖川駅の駅舎が見える。JRの駅から200mほど歩かなければならず乗換にはやや不便に感じる。それでも乗り換え客は多いようで寒さに身を縮ませながら学生や通勤客が次々とJRの駅へと向かっていく。しかしこの不便さとも来年の春でお別れである。JR駅舎と潮巻鉄道駅舎を結ぶ連絡通路が開通するためである。これは貨物の廃止によって余った構内を活用して作ったものである。
正面から駅舎を見ると歴史の重みが感じられる木造駅舎である。この駅舎は昭和8年に建設され、それから80年近くたった今も丁寧に整備され現役で頑張っている。中に入ると右手に発券機と窓口があり、左手には囲炉裏のある座敷の待合室がある。そのほかにも石油ストーブの置かれたベンチもあり、ストーブの上では薬缶が湯気を出していた。
窓口では硬券の切符が売られているので券売機ではなく窓口で買う。そのまま古い跨線橋を上ってホームへ向かう。この跨線橋も駅舎完成のころからあるのか かなり古い古レールが骨組みとして使われていた。レールをよく見ると LACKAWANNA 750???と刻印されている。これはおそらく昔海外から輸入されたレールを再利用しているのだろう。
ホームは一面二線で、駅舎寄りの1番線には7時21分発の1000系 区間快速さえずり1号が停まっている。この1000系は当線の主力車両で多くの運用に充てられている。横から見るとどこかJR東海の211系や311系に似ている。一番跨線橋に近い6号車は乗客が多く席はすべて埋まっていた。3号車から1号車は空席がちらほらとある。私は先頭の1号車に乗車した。
乗り込んでからすぐ発車ベルが鳴った。この発車ベルも12月20日にはメロディとなる。車掌からの合図ブザーが鳴り電車はゆっくりと滑り始めた。100mほど進むと右手に鯖川車庫が見えてくる。朝ラッシュのためか元115系の500系一編成しか確認できない。そしてさっき通った踏切を越え、左手に文化センターの大きな建物が見えてくると伏樫駅はすぐである。

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